【陰ヨガコラム】vol.3 陰ヨガで育む "受容"すること

陰ヨガコラム、vol.3。
陰ヨガの中で育める感覚について綴ってゆきたいと思います。

先週10/22に開催された陰ヨガイベント『Yin and calm』にて、私が担当させていただいたクラスのテーマでもあった「容 acceptance」。この表現がその答えのひとつです。

受け入れること。
受容すること。

実はこの感覚は、陰ヨガに限らず、私自身がヨガを伝えることを通じて多くの方とシェアできたらと感じている中枢にある感覚です。
私自身は受容することの大切さをヨガを通じてより強く学び、その実感を育み続けるために、瞑想ヨガ、座法瞑想、そして陰ヨガを実践し続けています。アプローチの違いはあれど、その違いはむしろそれぞれを高めあうものだと理解しています。


それはさておき、今回のコラムでは、陰ヨガと受容する感覚のつやがりを紐解くための概念、"個体差"についてご紹介します。

個体差とはつまり"それぞれ差がある"ということです。

ポール先生から学ぶ中、私が陰ヨガについてとても核心的に信頼を置けた概念がこの"個体差"についての概念でした。

当時トレーニングでたくさんの骨のスライドを何度も何度も見たのですが、例えば1つの身体のパーツの骨でも、千差万別たくさんの形状やパターンが存在していることを学びました。アメリカの博物館で特別な許可をもらってポール先生が撮影してきたというそれらの写真は、まぎれもない事実として、個体差についての概念を伝えてくれるものでした。


ここから私自身のお話になって恐縮ですが、私はもともとちょっとした事情があって、左右の脚の感覚が強く異なっています。だから左右対称に展開されているアーサナを行う中で、どうやったって左右対称に等しく感覚を得ることは出来なかったんです。そのことについて、深く府に落ちる答えを見いだせずにいた状態でした。

そんな私固有の背景から、アーサナの見た目を揃えることに重きを置くアプローチでは、直感的に身体が破壊される感じがしていました。良し悪しのレベルではありません、でもそのようなアプローチの道筋は私の身体にとってはあまり有効的ではないのかもしれないと、直感的ながら確かに身体の声をキャッチし、その声を大切にしたいと感じていました。

だって、違うんです。どうしたって。
好きで違うわけじゃない。
それは仕方ないことじゃない?


そんな私の直感の答えが、ポール先生と陰ヨガとの出逢いにあったというわけです。

骨の形状はみんな違っている。
時に、一人の人の左右でも違っている。

そしてそれは普通のことだよ、って。


そして私の師であり、ポール先生の日本での最初のトレーニングに賛同し、ポール先生のDVDの翻訳にも携わった綿本彰先生も、当時こんな風に陰ヨガを紹介していました。

"その違いを受け入れていくことこそが、ヨガや瞑想だ"

私も強く、そう思う!

直感的だった感覚がより確かに、私に必要だった答えはこれだ!って府に落ちて、すごくすごくすごーく嬉しかったです!

それから私は迷うことなく、身体のユニークさを前提としてヨガや瞑想の実践を続けています。
さらに指導者としてみなさんとご一緒させていただくシーンでも、みんな身体は違っていることは私にとってはとても自然なことだし、参加してくださるみなさんが自分を取り巻く様々な差に対して"それで構わないのだ"と感じられるよう、その事実を受容することのお手伝いを続けているつもりです。

陰ヨガで受容することの大切さを目の当たりにしてきた自分だからこそ伝えられること。

陰ヨガは受容の感覚を育むのにぴったりなアプローチのひとつだという確信とともに、そんな陰ヨガを来年2020年からはさらにみなさんと共有できる機会を持ってゆきたいと改めて感じています。

私にこんな発見の機会を与えてくれたポール先生のメソッド。
それを日本にいる私たちに伝え続けてくださっているジョー先生の存在。
学び続けながらみんなに伝えてゆけたらって思っています。

受容することで繋がり合う喜び、そこから安らかさや穏やかさがみんなの中に広がってゆくことを願って。

1harmony yoga

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