『身体の声を聞く』5.じっくり、聞く

今回と次回は、身体の声を受け取るその捉え方を前回までとは別の角度から紐解いてゆきたいと思います。

次回の『6.全体を、聞く』と対にしていただきながら参考にしてください!

繊細になる

まるで大切な人の話に耳を傾けるかのように、心を込めてじっくりと身体の声に耳を澄ますような向き合い方。
じっくり聞こう、よーく感じ受け取ろうとすることは"繊細になる"ことでもあります。

"繊細"の反対の質はというと"大雑把"とか"だいたい"とか"ざっくり"です。(辞書では調べておりません(笑))

私たちは日常生活やヨガマットの上で、向き合う対象について大雑把に捉えすぎることで、その中にある"新鮮さ"を見失っていることが多々あるといえます。

例えば空の色なんかをパッと見て『あぁ、水色ね』と捉えたとします。
でも改めてじっくりよーく見てみたら、雲の白と空の青が混ざりあうように水色にも濃淡があることに気付いたり、水色と一言で済ますにはもったいないようなコントラストの広がりを発見できたりします。

その違いは何か?といえば、じっくりよーく見ているか、パッと見ているか、ということです。

大雑把に捉えたときよりも繊細になって捉えた時の方が、対象についてより深い発見が出来たり、より多くの事に"気づく機会"が得られます。

また、繊細になることは、対象について"新鮮さ"を取り戻してゆくことでもあります。

365日接しているこの身体。
大雑把にざっくりくくって捉えた瞬間、代わり映えもないようにどんどん新鮮さを欠いてゆきますが、
日々マットの上で身体の感覚をじっくりよーく感じとってみる="繊細になる"と、この慣れ親しんだ身体についても、とても新鮮に捉えることが出来ます。

"繊細になる"ことは、新鮮さを見出だすこと。
目新しいものばかりでなく、どんなものの中にも新鮮さは潜んでいるということ。
繊細になることはそんな素敵な繋がりを実感することです。

繊細なタイプか?大雑把なタイプか?

"繊細になる"ことについて、対になる質である大雑把であることと比較する形で説明してきました。

それは"繊細であることが良いことで大雑把であることは悪い"というように、白黒つけるためではありません。

1つの質には必ず対になる質が存在しています。
対になる質を比較することで"繊細になる"ことについての理解を深めていただければと思います。

さぁ、あなたの自分の物事の捉え方、マットの上での向き合い方は、どちらタイプでしょうか??

マットの上で繊細になることについてとても容易く、どんどん繊細になれると感じる人もいれば、じっくり取り組んでいるつもりでもなんだかソワソワ落ち着かず繊細になることが難しいと感じる人もいると思います。

私たちには既にもともとの性格や物事の捉え方がありますから、繊細になることが容易い人、難しい人、両方いることはとても自然なこと。
それは優劣の問題ではありません。

もしもあなたが繊細で細やかなタイプであれば、そのことによる良い影響もそうでない影響も必ず受けているはずで、
もしもあなたが大雑把でダイナミックなタイプであれば、同じように、良い影響もそうでない影響も必ず受けているはずです。

まずは"繊細になること"に対する自分の現状を、このブラッシュアップで再確認してみてください。

そして、繊細で細やかな部分をすでに自分の中に感じるのであれば、繊細になることで新鮮さを見出だしているのだという実感をより意識的に重ねてゆきましょう。

もしそういう細やかな捉え方が不得意だと感じるのであれば、イメージをふくらませてみたり、クラスで実践し手応えを受けた時の感覚を道しるべに、焦らずゆっくり耕してゆきましょう。

どんな小さな実感も、少しでも垣間見ることができたのならその実感をより確かに自分の中に感じることが出来るようになります。

すでにある感覚は改めて大切に育み、足りないと感じる感覚は少しずつ耕してゆく。
そのことで、足りないと感じる質と反対のすでにある質は、ますます輝いてゆきます。
繊細さが足りないならそれを耕すことで、ダイナミックさはますます輝いてゆきます。

繊細になることは私には向いてない!とフィルターをかけてしまうのは本当にもったいない!!
少しずつでも目覚めさせてゆくように、耕してみてくださいね。

そういう小さな積み重ねを体験していただける場として、私のヨガクラスでは皆さんが日常よりもより繊細になるようなトーンで実践を進めていますので、クラスをぜひ活用していただければと思います。(いきなり番宣トーン(笑))


"繊細になること"の落とし穴

最後に"繊細になる"ことの落とし穴的な面も紹介しておこうと思います。

"繊細になる"は"没頭"してゆくことととても似ています。

例えば合掌した手と手が触れ合う感触を受け取るとき、繊細になればなるほど、その瞬間もう世界がそれだけになったかのよう。
自分がその調和の感触そのものになっていくくらいに、深く深く没頭するような実感が深まっていきます。

日常を大雑把に過ごすほど、日常とバランスを取る意味でも大切に育んで行きたい"繊細になる"ということ。
没頭するくらいじっくりじっくり感じるからこそ、慣れ親しんだものの中にも新鮮さを見いだすことができるので、大いに耕したいたい感覚です。

なのですが、"繊細になる"ことで目の前の感覚に没頭しすぎてしまうと"視野が狭くなる"可能性があることを覚えておきましょう。

感覚的な説明となってしまいますが、繊細になることで新鮮さと繋がってゆくとき、それは飲み込まれてしまうようなイメージではなく、むしろ視野は拓かれてゆく感じです。
そういうイメージを大切にしておきましょう。

"没頭"よりも"集中"とか"穏やかな集中"というワードが適しているかもしれませんね。

そしてまた、"繊細になること"と集中することは切っても切れない関係です。
落とし穴的な面として紹介していますが、没頭しないように繊細さを育もう!というのは至難の技で(笑)、
時に没頭に傾くほどに集中が深まることでこそ、繊細さがより育まれていく部分もあるのだと思います。

そのため、没頭しないように!という否定的な捉え方よりは、次回の【6.全体を、聞く】を参考にしていただきながら、理解を深め実感に役立てていただければと思います。

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