『身体の声を聞く』1.身体の声を聞くって?どういうこと?

今週から2月末まで、シリーズ『身体の声を聞く』では身体との向き合い方について取り組んでいきます。

ヨガや瞑想をするとき、私たちは自分自身、その内面と向き合うことをしてゆくわけですが、この"向き合い方そのもの"こそ、ヨガや座法瞑想を通じて私たちが磨いている部分だと思うんです。

私自身のことを振り替えると、この"向き合い方"をよりブラッシュアップしてきたことで、ヨガがより実生活に繋がってゆく実感を得てきたように感じます。

手法や知識をどんなに学んでも、それが体現されて役立てられてゆく過程では、この"どう向き合うのか"というところは避けて通れないポイント。
逆を言えば、"どう向き合うのか"というところに対してじっくり時間をかけて学び、実感を深めてゆくことで、テクニックや素晴らしい方法論はより輝いてゆきます。

さぁ、ヨガをするときになんとなく大前提な雰囲気を醸し出しているこの『向き合う』ということ。
紐解いていきましょう。

ではまず、私たちは一体"何と"向き合ってゆくのでしょうか。

それは"自分自身"です。

一緒にクラスに参加される方々との形や見た目の比較は、ヨガマットの上では必要ない要素です。
ヨガを始めたての頃はどう動いたら良いか慣れておらず周りを見渡す必要がある場面もあるかと思います。でも基本的には多少動作を間違えても構わないので、自分自身と向き合う時間と捉えていきましょう。

さて、その自分自身は色々な部分を含んでいます。
身体、心、呼吸、名前があり、職業があったり。
それらを総して私がいるというのが、ごく日常的な感覚、認識ですよね。

次に、そんな自分自身のパーツともえる身体や心と、マットの上でどんなトーンで向き合っているのか思い返してみてください。

自分の一部なのだから、ないがしろにしても良いだろう。
自分の範疇なのだから、意のままにコントロールしてやろう。
あまりに当たり前すぎる存在で、そもそもあまり関心がない。

クラスでお話していた時も、このあたりでみなさん自然と微笑みが(笑)。図星だったかな?

自分の範疇にある感じが強いからこそこんなフィルターが自然とかかってくるわけですが、ヨガ哲学ではこの自分という存在に対しての捉え方として、こんな風に教えてくれます。

私たち【真の自己】は変化するものの中にはなく色々なものが変化するそのことをただ眺めているところにある、と。

【真の自己】なんてワードが出た瞬間になんか小難しい印象が沸くかもしれませんが、しばし読み進めてみてくださいね。

この捉え方で紐解くと、身体は私たちの大切な一部でありながら【真の自己】そのものではないのです。

例えば怪我をしたとして、痛んでいるのは身体であって【真の自己】ではありません。
ですが私たちは『私、怪我しちゃって』と言います。

ヨガでは、これは勘違いだよ~思い違いだよ~と教えまして、こういう勘違いを『無知』と呼んでいます。
ここでは軽く書くに留めますが、この無知は私たちが【真の自己】であることを妨げている障害【クレーシャ】のうちの1つです。

ヨガが教える捉え方に乗っかれば、怪我をしたのは身体ですから『私の身体、怪我しちゃって』がより正確に状況を示していることになります。言葉遊びのようですが(笑)。

では、この勘違いはどこから来るのか。

この場合、身体と自分を強く同一視していることによることから来ています。
身体と真の自己が癒着しているため、身体に起きたことを自分そのもの【真の自己】に起きたことと捉えているのです。

さらに、私たちは心に対してもこんな捉え方をしているのではないでしょうか。
心で感じることが自分の全てと結び付き、行動に繋がってゆくことは、特にネガティブな心模様の時に顕著ですよね(笑)。

そう、この捉え方はかなり日常的な感覚です。
ただこのことが、自分自身・身体・心との向き合い方に妙なフィルターをかけてしまう一因であることを、今ここで知っておきましょう!

そして、大丈夫。きっとみんなそうですから。だからこそ、ヨガや瞑想の出番なのですから。

ズバリこのシリーズ『身体の声を聞く』は、身体と【真の自己】との同一視を和らげること、癒着を和らげることを最大のテーマとしています!

そしてそんな向き合い方を深めることは、ヨガや瞑想のゴールでもある【全てをありのまま見守る】感覚を深く育むことに繋がります。

さてさて序章に当たる今回のクラスでは、身体の感覚をひたすら受けとること=身体の声を聞くことに専念しました。

動作や形はきっかけにすぎない、ということをお伝えしました

きっかけだからこそ、その行い方もまたとても大切なこともものすごく強調したいのですが、今回のシリーズではその先にフォーカスしています。

アーサナや座法瞑想など形や動作をきっかけにしながら、たくさんの感覚が身体に溢れていきます。
その感覚を受けとる側でありましょう。受け取ることに専念してゆきましょう。

そして、受け取るその心の姿勢も確認しました。

ないがしろにしても良いだろう。
意のままにコントロールしてやろう。
そもそもあまり関心がない。

そんな向き合い方を脱ぎ捨て、心を込めて身体の話を聞いてゆくことがとっても大切です。

大切な人の話に親身に耳を傾けるように。
そのイメージを膨らませるためにも、シリーズテーマには身体の"声を聞く"という表現を用いました。

アドバイスしようともせず、ましてや反論もせず。
その人の話が自分の価値観とどう違っているか比較もなし。その言葉=身体の感覚を尊重し、ひとつひとつにただじっくり耳を傾けてゆくのです。

するとそこには安心感が広がります。

受け入れてもらっているときの肯定的な雰囲気は、いろんなものをほぐし和らげます。
そんな安心感、肯定的な優しくて暖かい距離感のなかでは、本来ある輝きが発揮されやすくなります。

それは身体だって同じこと。

導く必要があることを前提にしながら、だからこそそのベースに広げてゆきたいのはこんな向き合い方です。

純粋にひたすらに、身体の感覚をただ感じてみること、尊重して聞いてゆこうとする暖かい、優しい心持ちを育むこと。
次回以降も、このテーマが終わっても、大切にしてゆきたい永遠のテーマですね。

今までそうでなかったことに気づいたのなら、今日から始めてみたらいいだけ。

その深まりに向けて次回から、向き合う感覚の対象をあえて仕分けしながら、ひとつずつ解説してゆきたいと思います。

さぁ、身体と、心と、自分と、世界と。
改めて繋がってゆくことにワクワクしながら始めてゆきましょう!

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